Production Music制作でループ、サンプリング素材を使う際の注意点

Production Music制作でループ、サンプリング素材を使う際の注意点

 現代の音楽制作の手法でループ、サンプリング素材の使用は、とても大きなウェイトを占めています。

 Production Music制作においても同様で、Libraryと契約されている楽曲の多くでループ、サンプリング素材が使用されています。特にProduction Musicでは通常のポップスほど細かく楽曲が展開しないので、ループ素材との相性は大変良いと言えます。

 しかし、使用に際して注意が必要な点もあるので、この記事で解説したいと思います。

 ちなみに、この記事でいうループ、サンプリング素材というのは、素材制作者がでRoyalty Freeもしくは著作権フリーで公開、販売しており、ユーザーが自身の楽曲で商用利用が認められている素材のことを指します。

 CDやレコードなど、アーティストがリリースした作品の一部をサンプリングした素材に関しては、そもそもProduction Musicでの使用が禁止されていますので、ここでは扱いません。

サンプリング素材、ループ素材を使う利点

第一にハイクオリティな質感、グルーヴ感を持ったフレーズが瞬時に手に入る事です。

例えば、ドラムループ素材。

 一流ドラマーの演奏を最高のエンジニアが、スタジオのハイエンドな機材を使って収録したフレーズ、空気感を自分のプロジェクトに一瞬で取り込む事が出来ます。最近のDAWはどれも高性能なので演奏のテンポが自分の楽曲と違ったりしても、ストレッチング機能などを使えば違和感なく合わせる事が可能です。

 楽曲の一部に上質な質感を取り込む効果は実はとても大きく、他のパートがそこそこのシンセのMIDIベタ打ちでも、ループの高品質なサウンドに引っ張られて全体のクオリティがグッと上がって聴こえたりします。

 特にProduction Music制作の場合、1週間に2、3曲くらい完パケする様なスケジュールで制作するので、どうしても1曲にかけられる時間が限られます。ループ素材で一気にクオリティを上げる方法は時短に効果的です。

 ポピュラー音楽ほどでは無いものの、トレンドを把握して時代にあった新しい手法、質感を常に取り入れていく必要がありますが、次々と出てくる新しいサウンドの作り方を全て追いかけるのは中々大変。その中でインスタントに流行りの音色、フレーズを探せるSpliceなどは制作の大きな助けになります。

また民族楽器、環境音、アンビエント、その他マイナーな楽器など、収録が難しかったりMIDIでのシミュレートがやり難い、もしくは手間がかかる場合にもループ、サンプリング素材が活躍します。

サンプリング素材、ループ素材を使う問題点

今度はそのような素材を使う際の問題点を考えてみます。

主に2つあると思っています。

1.トラックにフィットしない場合の手間

 先に述べたとおり、上質な質感を手軽に手に入れられるのが利点ではあるものの、既にある程度トラックが出来上がっている後から素材を足す場合、元のトラックに、テンポ、キー、ハーモニー、グルーヴなどがフィットする様に処理をする必要があります。


 例えばパーカッションのループ素材が既に打ち込んだドラムのアクセントとフィットしない、ヴォーカルサンプリングのフレーズの一部が和音とぶつかってしまうといった事はよく起こります。

 ループ素材を楽曲制作の出発点にした場合は、後から打ち込むトラックを素材に合わせれば良いですが、制作を進める段階で素材そのものを発展させたくなる事もあります。その際、MIDIで打ち込んだり自分でレコーディングしたりする場合に比べて、自由度が制限される事もあります。

 ただし、これらの問題は現代のツールを駆使すればほとんど、解決可能です。 

 現代のDAWやサンプラーは非常に優秀で高機能なので多少のキーやテンポの変更などはあっという間にできてしまいます。

 グルーヴのズレはビートディテクション機能などを使って素材をスライスすればかなり細かい編集が可能で、いかなるグルーヴにもフィットさせる事が出来ます。キーの変更に関しても、わずかな音質劣化で移調が可能ですし、ピッチコレクション機能で、特定の音だけ変化させて元のメロディを作り替える事すら可能です。

 これらはほとんどDAW内の機能で行う事が出来ますし、さらに専用のプラグインなどを駆使すれば、もはや不可能は無いとも言えます。

 しかし、ここでループ素材を使うメリットである、時短の効果と上質な質感を得られる事について思い出してください。

 楽曲と素材の相性の問題は編集により解決可能ですが、場合によってはイチからMIDIで打ち込んで行くより手間がかかり、また音質劣化が少ないといっても細かい編集を繰り返すうちに、元の素材が持っていた上質な質感が少なからず失われてしまう事もあります。

 このあたりは制作するジャンルや個人個人のワークフローによって大きく異なるかとは思いますが、状況に合わせて使い分け、ループ、サンプリング素材の利用が本末転倒な結果にならない様に気を付けたいところです。

2.権利の問題

実はこちらが、この記事の主眼なので詳しく掘り下げていきます。

Royalty Freeと著作権Free

 大前提としてすべての音楽素材には著作権があり、必ず権利者が存在しているという事を理解してください。

 もちろん商用可能な素材として、公開、販売されている物ですから使用する度に権利者に許諾を得たり、使用料を支払う必要はありませんが、素材ごとに使用できる範囲や条件が違うので必ず規約をよく読みましょう。(特に商用利用に関しては一定の制限があるケースも多いです)

 著作権Freeなのに権利者がいるというのは変な感じがするかもしれませんが、原則として、すべての音楽作品の著作権は制作者に帰属します。それをどの様な条件で使用を許可するかは権利者次第なのです。

 著作権フリーとして公開している素材を使った結果、制作者に訴えられたとしたら、実際にどういう判決になるかはわかりませんが、その主張を展開する根拠が権利者側にも一定程度あるというのは理解しておいた方が良いでしょう。

Royalty Freeと著作権Freeの違い

 Royalty Freeと著作権フリーの違いについてですが、明確な基準は無いと思われます。様々な所でそれぞれの解釈で運用されている印象です。

私の解釈では、

Royalty Free

 本来は使用する度に毎回に支払う著作権使用料を、最初の購入時に定額を支払う事であとはずっと無料で使える仕組みです。使用できる条件や範囲、期間などは素材提供者の規約に依ります。多くのストックミュージックサービスが採用している仕組みです。

著作権フリー

 著作権保護期間が終了してパブリックドメイン となった作品、もしくは権利者が自ら著作権を放棄した作品の事です。使用条件に関してはこちらも素材提供者の意思を尊重する必要があります。

 この二つを比べみると実質的にあまり変わらない様に思えますね。実に曖昧な言葉だと思いますが、いずれにしても規約の範囲内で使用が原則です。

Production Music内で使用する際の注意点

 Royalty Freeであれ、著作権フリーであれ、原則的には制作者の意思を尊重する必要があると分かって頂けたと思いますが、実際の所、公開、販売されている素材やSpliceの様なサービスの多くが商用利用される前提で提供されているので規約を守っていれば通常、問題は起こりません。

しかしProduction Music制作に使用する際は更なる注意が必要です。

音楽素材としての再配布の禁止

 ループ、サンプリング素材の規約の多くに”音楽素材としての再配布禁止”が明記されています。

 例えばドラムループを楽曲で使った時、曲中でこのドラムループが単体で鳴っているセクションがあった場合。曲がそのまま公開されると、このセクションをサンプリングすれば、楽曲の購入者は元のループ素材を丸々手に入れる事が出来てしまいます。

 これを”音楽素材としての再配布”と捉えるかどうかは権利者次第。正直な所、素材を提供している人の多くが、より多くの人に使って貰いたいと考えている印象なので、あまり問題にならないかもしれません。

しかし、Production Music Libraryの考え方は全く違います。彼らが必要としているのは権利関係の懸念が一切ない“Pre-Cleared Music”です。

 権利関係の不安が1ミリも無い楽曲を集めてカタログ化してそれをTV番組、映像制会社等のクライアントに安心して使ってもらう事で収益を得ているので、権利の所在にはとても敏感です。

 作曲家がLibraryに送って契約できる曲は、本人が単独で全権利を保持している楽曲のみです。(共作者がいる場合は、共作者も一緒にLibrary と出版契約を結ぶ必要があります。)

 なので他に権利者がいてプレイスメント時にクレームが入る事が無い様、契約時に確認されますし、作曲者は契約書の中で権利問題を起こさない宣誓を求められます。

 それではループ素材やサンプリング素材をProduction Musicで使用する事は出来ないじゃないか?と思うかもしれませんが、そんな事はありません。

 Royalty Free、著作権Freeとして公開、販売されている素材に関しては規約を守って使っている限りは大丈夫です。

 上にも書きましたが、特に曲中で素材単体で鳴っている部分があると、そこを第三者にサンプリングされて使われるリスクがあるので、必ず他の素材と合わせたりエフェクトなどで加工した状態で使用する様にしましょう。

 例えば曲中、どうしてもドラムのループ素材でリズムだけを聴かせたい部分が有ったとしたら、別のシェイカーなどのパーカッションをほんの少しでも合わせて使う様にしてください。

 *冒頭でも書きましたが、アーティストの作品としてリリースされている音源をサンプリングした素材をProduction Musicで使う事は禁止です。これは絶対です。

ヴォーカル素材、メロディ素材を使うときの注意点

Splice問題

 Spliceではリズム素材のみならず、数小節のコードパターンやメロディパターンが現代的な音色で提供されています。

 これらも商用可能な素材として提供されている訳ですから、曲中で単体で鳴らさない限りはProduction Musicで使用する事が可能ですが、メロディ素材に関しては更なる注意が必要です。

 音楽著作権の基本ですが、メロディには著作権が発生しますが、コード進行、アレンジ、楽器の音色にはありません。ただし意匠の部分(主にメロディ)に対しての著作権の他に、作成した音源そのものを利用する権利(原盤権)は別に発生します。Splice等はそれも含めて使用が可能という事です。

 それを踏まえたうえで、実際にProduction Music界隈でトラブルが発生したケースを紹介します。

  • 作曲家AがSpliceからダウンロードしたメロディ素材を使用して楽曲を制作
  • その楽曲をとあるProduction Music Libraryと契約
  • Libraryのクライアントである番組制作会社が楽曲をプレイスメントしてTV番組内で使用
  • 番組を観た作曲家Bが、自分の楽曲を無断で使用されたと主張して番組制作会社を訴える
  • どの様な判決になったかはわからないが、Pre-Clearedではない楽曲を提供されて損害を受けた番組制作会社はLibraryにクレームを入れる。
  • クレームを受けてLibrary作曲家Aとの取引を停止。

 楽曲自体は今時のEDM、Trap系でダウンロードしたメロディ素材を印象的に前面に押し出した現代的な楽曲。作曲家Aの完全オリジナルで共作者は無し。他のLibraryや出版社との重複契約も無し。SpotfyYoutubeでの配信もしておらず、Spliceの素材を使用した以外は、著作権周りで問題は無い様にみえる。

なぜ作曲家Bは番組制作会社を訴えたのか?

ポイントは

  • 作曲家BもSpliceでダウンロードしたまったく同じメロディ素材を使用して自身の楽曲を制作していた
  • Spotify等で既に配信されており、著作権管理団体のデータベースに作曲家Bのオリジナル作品として登録
  • こちらの楽曲でもSpliceの素材は前面に押し出され曲の雰囲気を決定づける重要なメロディ要素として使われていた
  • それ以外のアレンジやテンポ感は全然、違うものの同じメロディ素材を使っているのは明白。

以上の事から、作曲家Bは自分の楽曲のメロディが盗用されたと主張した事が想像できます。しかし、そもそもこのメロディを作ったのは作曲家AでもBでも無く素材制作者ですよね。Spliceの規約は分かりませんが、おそらくこの制作者は素材の権利委譲を承諾していると思われるので権利は実質、Spliceが持っている筈です。

 裁判が進むにつれて作曲家Bの主張が棄却される可能性は十分にあると思います。

 しかし、Production Music業界の関心は実はそこではなく、実際に裁判を起こされ係争事案になってしまっている事です。

 こういった事態が度々起きては番組制作会社も安心してProduction Music Libraryを利用できなくなりますし、Library側としてもクライアントを失う事になります。

 それを受けてここ数年、Spliceなどのループ、サンプリング使用に関するLibraryの提出ガイドラインがかなり厳格になってきています。

実際のケース

私が取引をしているLibraryからも最近、通達がありました。

内容を概略するとこんな感じです。

  • Splice等のループ素材を使う事はOKだが、基本的姿勢としては作曲家の真のオリジナリティを求めており、そういった曲を積極的に契約していく
  • ループ、サンプリング素材を使用する際はそれ単体では使用しない。必ず別の要素を盛り込む。
  • テンポを変える、キーを変える、チョップしてフレーズを作り替えるなど、元の素材をそのまま使用せず加工して使う
  • 素材の利用規約を読み、権利侵害がない事を確認する
  • 他にもDamageやAction Strike、Stylus-RMXの様なループベースの音源を使用する際も、単体で使用せず、必ず別の要素を同時に鳴らす様にする。
  • その他、第三者からクレームを受ける可能性のある素材の使用は一切禁止。
  • 他のクリエイターと全く同じサウンドを作らない様に工夫する。

まとめ

現状、Production Musicでのループ、サンプリング素材の使用は禁止こそされていないものの、Library、クライアント共に権利関係にかなり敏感になっています。加えて今後はAIにより自動生成された素材の使用なども、懸案事項になってくる事と思われます。

ループ、サンプリング素材を使用する際の注意点は大きく分て2つ

  • 素材制作者に対する規約の遵守
  • Production Music Libraryに対して権利問題が起こらない事の保証

Production Musicビジネスでは後者の方がより重要になるでしょう。

我々、作曲家ができる対応としては、提出ガイドラインやLibraryのウェブサイトに記載された注意事項を遵守して常に新しい情報を取り入れてアップデートをしていく事だと思います。その上でオリジナリティの高い曲作りをしていく事が大切です。