Production Musicのミックスとマスタリング

Production Musicのミックスとマスタリング

Production Musicのミックスとマスタリング

 この記事では、Production Music制作におけるミックス、マスタリングの重要性と、コンポーザー自身がポストプロダクションまでするべきか?という事について解説していきます。

 先に結論を書いてしまうと、私はProduction Music制作のポストプロダクションをすべて自分で完結させています。

 私はコンポーザーとして、音楽理論やオーケストレーション、DAWの操作法などは素晴らしい先生に長い間、師事して鍛錬を積んできており、一応、プロとしてやれている自負があります。

 しかし、ポストプロダクションに関しては、ちゃんとした勉強も訓練も一切したことはありません。今までに1000曲を超える曲を制作する中で、経験則の積み重ねでなんとか曲を仕上げている感じです。

 この記事の結論として、これからProduction Musicを始める人にも、ポストプロダクションを自前で完結できる様になる事をオススメするつもりです。その前提で記事を読み進めてください。

ポストプロダクションの重要性

ブロードキャストクオリティ

 こちらの記事でも解説しましたがProductin Musicは、テレビで流した時に一般視聴者が違和感を感じないブロードキャストクオリティの楽曲と音質、音圧である事が求められます

 帯域や定位のバランスが悪い音源、極端に音量が小さい(もしくは大きい)音源、コンプレッサーやリミッターが不自然にかかって聴きづらい音源などはProduction Musicとして機能しないのでLibraryと契約をする事はできません。

 運良く、何かの間違いで契約できてもMusic Supervisorに選曲される事は無いので、実際にプレイスメントを獲得する事は難しいでしょう。

 通常の音楽制作のポストプロダクションは、専門のオーディオエンジニアが担当します。必要な知識や技術がコンポーザーとして求められる作曲技術とは根本的に別物だからです。

 芸術的観点で作品をベストな仕上がりにしたければ、腕の良いプロのエンジニアに依頼するべきなのは間違いありません。

プロに依頼する費用

 ただしProduction Musicビジネスの場合、年間100曲近く制作する事になるので、全曲のポストプロダクションを外注すると費用がかかりすぎて、カタログが相当に大きくなるまでは、確実に赤字になります。

ビジネスとして継続する為には費用対効果を考える必要があります。

 私がざっと調べた限りでは、プロのエンジニアにミックス、マスタリングの両方を依頼する場合、オンラインミックスなどで、どんなに安く済ませても1曲¥15,000くらいはかかる様です。

 年間100曲制作するとして、150万円くらいはポストプロダクションの経費としてかかってしまう事になります。

 カタログが小さいうちは著作権使用料で150万円分を稼ぐのはかなり大変で、初年度、2年目くらいまでは、利益がほとんど吹っ飛んでしまうと思います。

 これでは余程、金銭的な余裕がある人以外は、とてもビジネスとして続けていく事はできません。例え金銭的に余裕があっても、時間とエネルギーを使って制作したものから、全く利益が上がらなければモチベーションを維持するのは難しいですね。

コラボレーション

 可能性があるとすれば、オーディオエンジニアとチームを組んで制作をする事です。

 あなたは作曲に専念しより多くの曲を生み出す。ポストプロダクションはすべてエンジニアさんに任せる。

 その対価として、エンジニアさんを楽曲の共作者としてP.R.Oに登録し、著作権使用料の分配を受け取れる様にするという契約で共同作業するというやり方です。

 分配のパーセンテージは交渉次第ですが、お互いに納得感のある落とし所を見つける必要があります。

 最初の数年は、エンジニアさんにとってもあまり利益を感じられないでしょうが、中、長期的にカタログが大きくなるにつれて楽曲の権利が資産化されていく可能性はあります。

 オーディオエンジニアのほとんどが、一曲いくらで仕事をしていると思うので、Production Musicビジネスの様なストック型のビジネスに魅力を感じてくれる人も中にはいるかもしれません。

 その事を理解してさらに、あなたの作曲家としての腕を買ってくれるエンジニアさんと出会えれば、制作チームとしてProduction Musicビジネスに挑むのはあり得る方法だと思います。

作曲家本人によるポストプロダクション

 実際には、そんなに都合よくエンジニアとチームを組めるケースは稀だと思うので、結局ほとんどの場合、作曲家本人が、ある程度ミキシング/マスタリングを勉強をして自前でポストプロダクションを手がけていく事になると思います。

 ミックス/マスタリングは限りなく奥深く、プロのオーディオエンジニアが一生かけて追求するような世界です。雑誌やネットで一流のエンジニアのインタビューを多く読む事ができますが、部屋の響き、ケーブル一本、電源、果てはサイコロジカルな部分にまで踏み込んで”良い音”を追求している方が沢山いらっしゃいます。

 はっきり言ってComposerがその領域に踏み込む事は不可能ですし、そのリソースは曲作りにつぎ込むべきです。

 ここではLibraryと契約し、TV番組にライセンスする為に必要なブロードキャストクオリティの音源を作る事に目標を限定して取り組みましょう。

必要な機材

 幸いな事にDTM環境の発達のおかげで、皆さんが普段使っているDAWでブロードキャストクオリティの音源を作る事は十分に可能です。

 DAW付属のプラグインでも非常に高性能で、それだけで仕上げることも十分可能ですし、アナログな質感を加えたいとか、少しこだわりがある場合でも、WavesやNative Instruments等の強力なプラグインを手ごろな価格で入手できるので、大きな機材投資をする必要はありません。

 実際、私は多くのProduction Music制作でDAW付属のプラグインのみでミックス、マスタリングを済ませています。

 これには賛否両論あると思いますが、そうする一番の理由は作業の時間短縮です。

 私はMotuの ”Digital Performer”という、老舗ですが今となっては、マイナーになりつつあるDAWをキャリアの最初から使い続けています。現在、DP10を使っていますが、前のバージョンから変わらず収録され続けている”Master Works Series”というプラグインバンドルをずっと使っています。

 このプラグインが優れているか否か?という技術的な言及は差し控えますが、私にとっては手足の様になっていて、

どの音源に/どの様にかけたら→どんな反応が返ってくるか

という挙動が経験的に、ほぼ完璧に予測できます。

 ミックス、マスタリングの際に、プラグインのチョイスに、アレコレ悩む必要が無いうえ、前のバージョンから引き継いだシチュエーション、ジャンル別の大量のユーザープリセットを駆使する事で作業時間を大幅に短縮する事が出来ています。

 トラック数によりますが、ミックス、マスタリング合わせて1時間以内に仕上げるのが、私の標準的なスピードです。

 もちろんDAW付属プラグインのみを使う事をお勧めしている訳ではありません。好きなプラグインを見つけて自分なりの定番を決め、じっくり使い込んでいくと良いでしょう。

AIを使ったポストプロダクション支援プラグイン

 プラグインは色々な種類がありますが、まずはイコライザーとコンプレッサーを使いこなせる様になる事が最優先です。個人的な考えですが、ミックスが上手くいくかどうかの80%くらいは、この二つの使いこなしにかかっていると言っても過言では無いと思います。

 とはいえ、イコライザーやコンプレッサーというのは単純な様に見えて非常に奥が深く、使いこなすには相当な経験を要します。 

 もちろん、ある程度時間をかけてトライアンドエラーを繰り返す事になりますが、最近ではizotopeNeutron3Ozone9の様な、AIを使用したポストプロダクション支援プラグインもあります。

 これらを使えば一瞬で、かなりのところまでクオリティを上げてくれますし、プラグインが解析してアウトプットした結果に対して、直感的に自分好みのサウンドに微調整していく事もできます。

 ハイクオリティと個性を両立する事ができる大変優れたプラグインです。うまく活用できれば、短時間でブロードキャストクオリティを得られるハズです。

 読者の中には、こういったAIを使った自動化プラグインを嫌う人もいるかもしれません。

以前にこんなツイートをしました。

車輪の再発明とは

 最初は、出来合いのループや簡単に良い音が鳴るシンセを使うのは、ズルをしている様な後ろめたさと自分の個性を否定されている様な感じを持っていました。

 しかし、現在のループエンジンはループ素材を元に、様々なカスタマイズを加えて独創的なサウンドを作れますし、シンセもエディットの技術を高める事でプリセットをモデファイしてより良い音を追求できる様になり、結果、それが自分の個性になっていると思います。

 ミックスやマスタリングに関しても、私は1からプラグインで作って来た世代ですが、これからの世代にとって、それが”車輪の再発明”になるのであれば、新しいやり方を取り入れていく方が合理的だと思います。

 もちろんプロのオーディオエンジニアの方からすれば、これらのプラグインは全然、完璧では無いのかもしれませんが、私たちProduction Music Composerにとって

  • ニーズにあった
  • ブロードキャストクオリティの曲を
  • 一曲でも多く
  • 良いライブラリに送る事

が何より大事ですので、この目的のために有効なツールは、躊躇なく使うべきだと考えています。

音圧について

音圧戦争

 一時期、音楽業界では”音圧戦争”とよばれた時期がありました。Popsの世界で顕著でしたが、音圧が大きければ大きいほど売り上げが良くなるという通説が広まり、音楽プロデューサーたちがこぞってライバルの作品よりも音圧の高い音源を作る事に躍起になっていました。

音圧戦争について

 音圧戦争の一番の弊害は、曲のダイナミクスが失われて平坦な仕上がりになる事です。最近ではこの流れは落ち着いて、”音圧さえ上げればOK”みたいに考える人は少ない様に思います。

 しかし、現在の市販の音源を聴いても十分な音量、音圧があります。これは腕の良いオーディオエンジニアが、音量、定位、各帯域のバランスを絶妙にミックスして、上質なコンプレッサーで余計なピークを潰していった結果です。

 同じ事をアマチュアがやろうとすると、思いのほか難しく、往々にして音圧の低い音源に仕上がります。無理に音圧を上げようとすると、コンプやリミッターが不自然にかかり質感やダイナミクスが損なわれて上手くいきません。

Production Musicに必要な音圧

 質感やダイナミクスを保ったまま、音圧を上げるのはなかなか難しいですが、幸運な事にProduction Musicは音圧に関して、そこまでシビアではありません。

 そもそもバックグラウンドとして使用する前提ですので、その音圧によってプレイスメントされた映像作品の売り上げを左右する事は無いので、小さすぎてボリュームを上げないと聴こえないとかで無いかぎり、あまり音圧にこだわる必要はありません。

 楽曲提出後、Libraryがカタログに登録する際に、質感を揃える為にマスタリングを施す事があります。そのときにリミッターで潰しまくってダイナミクスを失ってヘッドルームが全然無い音源だと、どうしようもないので作曲家の方であまり音量を突っ込みすぎない方が賢明です。

 作曲家が自前でミックス/マスタリングをする際は、あまり音圧に拘らず、各帯域と定位がバランスよく配置されたすっきりした仕上がりを作る事に注力すると良いでしょう。