コード分析 Vol.1 ”Mr.Children” :抱きしめたい

コード分析 Vol.1 ”Mr.Children” :抱きしめたい

コード分析とは

 作曲家や演奏家など現代の音楽に関わる上で、とても重要な事の一つにコードに関する知識があります。

 他には良いメロディの書き方、良い音やリズムの出し方などがあるでしょうが、これらは個人の好みや主観による部分が大きくて、なかなか定量的にその評価がしにくい面があります。

 一方で、コード進行はある程度の音楽理論知識があれば、その構造を記号化して、共通の基準で評価する事が可能です。

 もちろん、そこにも好き嫌いはありますが、名曲のコード進行を分析して何が名曲たらしめているのかを知識として蓄え、適宜、自分の作品の中にそのエッセンスを組み込んでいく事ができます。

 そこで、この記事では私の独断と偏見で選んだコード進行が素晴らしい名曲を分析、解説して行こうと思います。

 選ぶ曲は少し古めの曲が多くなってしまいますが、これには理由があります。

 私の知る範囲では、2000年代以降の音楽は、ビート中心のダンスミュージックの影響を強く受け、シンプルなコード進行、ミニマルな展開の楽曲が多く、曲の主役リズムと音色であるものが多いと感じます。

 印象的なメロディと技巧的なコード進行で聴かせる曲としては、ビートルズやスティーヴィーワンダーなどの70年代以降のアメリカンポップス、日本では初期Mr.ChildrenなどのJ-Popが分析する価値が高いと考えています。

 コード進行が複雑だから良い曲だ、などと言うつもりは毛頭ありませんが、コード分析の趣旨からいうと、美しいメロディと技巧を凝らしたコード進行の曲を選んでいきたいと思います。

 若い人には馴染みのない曲かもしれませんが、コード分析によって得られる知識は現代の曲作りでも十分に活きるものだと思います。

是非、一度曲を聴いてみて一緒に分析してみてください。

 ちなみに、分析に使う用語などは一通りの音楽理論をマスターしている事を前提にしていますので、音程やコードスケールなどが全くわからない人にはちょっと難しい内容かもしれません。

 また、一般的な音楽理論に沿って解説しますが、主眼は粋なコード進行の使い方を学ぶ事なので、もしかしたらアカデミックな意味では分析や表記の仕方が間違っている事や表現に揺らぎがあるかもしれませんが、ある程度、お目溢し頂ければと思います。

 前述の様に取り上げる曲は、主に1970代以降のアメリカンポップから2000年代前半くらいのJ-popが中心です。

 ジャズやクラシックの大曲を取り上げればより高度で複雑な分析が可能ですが、ここでは実用性を考え、あくまで多くの人が馴染める大衆音楽の中で使える粋なコード進行に限定させて頂きます。

Vol.1 Mr.Children:抱きしめたい

最初に取り上げる曲は、J-popといえばこのバンド、Mr.Childrenの初期の名作”抱きしめたい”

リリースは1992年。Crossroadの大ヒットで国民的人気バンドになる前のアルバム、”Kind of Love”に収録されています。

 私が単に大ファンだと言うこともありますが、それ以上にMr.Childrenの初期の作品は必ずしもシングル向けの楽曲ばかりでは無く、色々なジャンルの要素をうまく取り込んだ多様な楽曲が特徴で、コード進行的にも結構、攻めたアプローチをしている曲が多いので選びました。

”抱きしめたい”もしっとりとしたバラードながら転調が多く、コード進行も細部まで作り込まれています。

まずは曲を聴いてみてください。

如何でしょう?

分析云々じゃなくて、めちゃくちゃ良い曲ですねー。

それでは細かく分析していきましょう。

コードチャート

楽譜作成ソフトで簡易的に出力したコード演奏。

Aセクション(イントロ)

まずイントロです。

キーはBbメジャー

2小節目:Bbsus4は単にⅠコードの3度がサスペンションして4度に成っただけです。

3小節目:いきなりぶっ込んできます。Am7は度数表記するとⅦm7。

Bbキーには出てこないEナチュラルの音が入っています。

ナチュラルマイナーやハーモニックマイナーからの借用でもない。

このコードは単体では分析ができないので次のコードを見ます。

D7sus4-D7。

BbキーではⅥmであるGmに解決する二次ドミナントV/Ⅵです。

続くコードはGmなのでこれは間違い無いでしょう。

D7をV7とした時にAm7はⅡm7になります。

このAm7は二次ドミナントに対してⅡーV-Ⅰの動きをつけるために追加されたコードだと解ります。

 ちなみにGmに向かうコードのⅡーV-Ⅰだとすれば、BbキーのダイアトニックであるAm7(b5) Ⅶm7(b5)の方が自然ですが、あえてAm7を使う事で一瞬、Gメジャーに解決するのかなと感じさせて、そちらには行かず結局、ダイアトニックであるGmに解決する細かい騙しのテクニックが入っています。

 何度も聴いて耳が慣れてしまうと、分からなくなりますが、初見でこのAm7がいきなり出てくるとかなりドキッとする響きだと思います。

4小節目:Em7(b5) #Ⅳm7(b5)これもノンダイアトニックコード。

ⅣMaj7-#Ⅳm7(b5)-Vの様に経過的に使われるパターンがよく使われますが、これ実はⅣMaj7のコードトーンはそのままにルートだけが半音上がっただけのコード。

曲中ではGm-Em7(b5):Ⅵm-#Ⅳm7(b5)という流れです。

定番の使い方とは違う様です。

コードトーンを見てみると、

Gm:ソ,シb,レ

Em7(b5):ミ,ソ,シb,レ

一番下にミの音が足された以外は構成音が共通なので、

Em7(b5)は、Gmの下にルートとしてミ音を足しただけともいえます。

別の見方をすると,

EbMaj7:ミb,ソ,シb,レ

なので、Gmの下にミbの音を足すとEbMaj7(ⅣMaj7)になります。

よって、この進行は定番のⅣMaj7-#Ⅳm7(b5)進行のボトムの音が変わっただけと言えます。

 5小節目のBb/DはIコードの第一転回形。次のEbに半音でアプローチしているものの、前の小節のEm7(b5)からの流れは特に無いのでクリシェではなく、単純に響きで、前半4小節からのバリエーションをつけるために響きで選んだのだと思われる。

 6小節目のFsus4 -Fは単なるサスペンションからの解決だが、次の小節で全く同じモーションの平行ハーモニー、Gsus4-GでBセクションでの転調になめらかに繋げている。

 譜面上はBセクションの頭で調号が変わって転調しているが、実際にはこの Gsus4-Gの流れを Isus4-Iとアナライズする事で、7小節目でキーGメジャーに転調しているとみる事もできる。

Bセクション(Aメロ)

冒頭でキーBbメジャーからminor3rd下のGメジャーに転調している。

 このタイプの転調は一般的なもので、

Bbメジャーの平行調のGマイナーから、さらにその同主調であるGメジャーへの転調。

言葉にすると難しそうだけど、関係調への転調と言えるので割とスムーズに移行が可能。

コード進行は至って普通のダイアトニックコード。

11小節目と15小節目のCmがⅣmであり、同主短調であるGマイナーからの借用。

Ⅳmは少し切ない感じの響きで、Ⅳ-Ⅳmという流れはミスチルのド定番コード進行と言って良いと思う。

Cセクション(Bメロ)

お次はBメロ。

19小節目のF#m7はキーGでアナライズするとⅦm7。続くコードはB7 (V7/Ⅵ)

 これは3小節目と全く同じ進行で、B7が次のEm7に対する二次ドミナント、F#m7はそれをⅡ-V化するために出てきたコード。

 マイナーコードに進む二次ドミナントなのでキーGメジャーのダイアトニックであるF#m7(b5)の方が自然だが、あえてF#m7にする事で一瞬Eメジャーへの解決を示唆しつつ、肩透かししている。

20小節目のE7はV7/Ⅱの二次ドミナントでAm7に解決する事を予感させつつ、SDの代理コードのC、Ⅳコードに解決するディセプティブケーデンス。

22小節目も同様。

23小節目のA7はV7/VでDに解決する。

あいだにⅡ-V化するためのAm7が挟まれているが、コードの機能としてはその後のD7に直接、解決していると見て良い。

Dセクション(サビ)

冒頭で再び↑M3rd転調して元キーのBbに戻ってくる。特にピヴォットコードなどを挟まない突然転調。

ダイアトニックコードを基調に、各所にオンコードや二次ドミナントを使って色彩豊かなコード進行を作っている。

26小節目、F/AはV/3 ドミナントコードのFの第1転回形。

D7/F#は V/Ⅵの二次ドミナントの第1転回形で次のGmにベース音がなめらかに繋がっている。

27小節目のC7はV7/V、その前のGmはⅥmでダイアトニックコードだがC7とセットでⅡ-Vの一部とみる事もできる。

その後、コードはVであるFには直接行かずにⅣコードを経由してVに到達。

ディセプティブケーデンスとも取れるが、EbをSDであるCm7の代理コードだと考えると、

Gm7-C7-(Cm7)-F7というⅡ-Vの連続と捉えることも可能。

いずれにせよC7はFに通常の解決をしている。

Eセクション

イントロと一緒。

Fセクション(間奏)

Bbadd9/Dは単なるトニックコードの第1転回形。

浮遊感というか停滞感を出すために3度をボトムにしてテンション9thを付加している。

ちなみにBbadd9とBbMaj7(9)の違いは7thの音の有無。

トライアドに9thのみを付加するのがadd9。

7thの音がある場合はBbMaj7(9)と表記する。

46小節目は普通のⅡ-Vだが、Cm7/F(F7sus4(9))としてドミナント感をぼやけさせて、はっきりしたケーデンスを避け、展開を引き伸ばしている。

 52小節。ここがこの楽曲のピーク。前述のCm7/Fというちょっと抽象的な響きのする和音をそのまま、全音上にスライドする事でDm7/Gにしたのち、明確にキーCのドミナントの響きを持ったGコードにつなげる事で自然に元のキーの全音上のCメジャーに転調する流れを作っている。

Gセクション(大サビ)

前のセクションの最後で強制的に作られたCメジャーへのケーデンスを利用してそのままキーBbから↑M2ndキーCへ転調している。

メロディー的にはサビ。

なので大サビとしてその前のサビより一段盛り上がったクライマックスとして機能している。

コード進行の流れは、転調前と全く一緒。

63小節目からの

Am7-G-D7/F#-Am7/E-G/D-D7/C-Bbadd9という進行。

ベース音が全音もしくは半音で順次下がっていくクリシェ。ターゲットはBbadd9コード。

65小節目のBbadd9。

正直、このコードがどうアナライズするか曲中で一番、迷った。

前小節からの大仰なクリシェの到達地点であり、あたかもBbメジャーキーのⅠコードに転調した様にも聴こえるが、次の小節のFコードはBbに解決せずにCadd9に向かっているので、未だキーCメジャーであり、FはBbメジャーのVコード、ドミナントとしては機能していない事が分かる。

もし、FがF7であったり、Bbや代理コードのGmなどに解決していたら、Bbadd9をBbメジャーキーのⅠadd9としてアナライズしていただろう。

 しかし、実際にはこのBbadd9はキーCメジャーのbⅦadd9であり同主単調であるCマイナーからの借用コードとして扱われる。

まとめ

いかがだったでしょうか?

 この曲の聴かせどころはイントロとサビがBbメジャーキーでAメロ、BメロになるたびにGメジャーキーに転調する所。

最後の大サビで全音上のCメジャーにドカンと転調するバラードの定番の手法などでしょうか。

 他にも効果的な2次ドミナントや、Ⅱ-Vの一部として用いられる刺激的なノンダイアトニックコードなど細かいテクニックが散りばめられています。

なによりもすごいのが、そう言ったテクニックや転調をほとんど意識させない流麗なメロディワークとアレンジで聴き心地の良いポップスに仕上げている事だと思います。

 正直、ここまで細かく解説しなくても、基本的な音楽理論が分かっている方なら簡単な内容だったと思いますが、初回なのでちょっと細かくやってみました。

今後も定期的に新しい曲をアナライズする予定なので、よろしくお願いします。